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鳥取地方裁判所米子支部 昭和50年(ワ)60号 判決

原告 国

訴訟代理人石金三佳 石川博義

被告 有限会社荒木自転車店こと荒木吉男

主文

1  被告は、原告に対し、金一三九万八〇五二円およびうち金二二九万七八六六円に対する昭和四八年八月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決の第1項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、一三九万七八六六円およびこれに対する昭和四七年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求の原因

一  訴外渡部薫(以下「渡部」という。)は、つぎの交通事故によつて傷害を受けた。

1  日時 昭和四四年一一月一八日午前七時三〇分ごろ

2  場所 島根県八束郡美保関町大字下宇部尾地内の県道上

3  加害車 訴外沢田実(以下「沢田」という。)運転の原動機付自転車(境港市臨〇一一号。以下「加害車」という。)

4  態様 加害車が松江市方面に向けて進行していたところ、沢田が運転操作を誤り、渡部運転の自転車と正面衝突した。

5  結果 渡部は頭部などに傷害を受け、九級一四号に該当する後遺障害が存する。

二  被告は、つぎのいずれかの事由によつて本件事故の損害賠償責任を負う。

(一)  自賠法三条による責任

(1) 加害車は、一応訴外有限会社荒木自転車店(以下「訴外会社」という。)の所有となつていた。

しかしながら、訴外会社は会社の形態をとつていたものの、これはまつたく形骸にすぎなかつた。さらに訴外会社は、法が会社に法人格を与えた趣旨に反し、法律の適用を回避するために法人格を濫用したものというべきである。

したがつて、訴外会社の法人格は本来の目的に照らして認められず、その実体は背後に存する被告にほかならなかつた。これを詳述すると、つぎのとおりである。

(2) 被告は、昭和二二年ないし二三年ごろから、肩書住所地において「荒木自転車店」という名称で自転車の修理・販売業を営んでいたが、税法上の優遇措置に着目して法人名義で経営することを図り、昭和三七年八月二二日訴外会社を設立した。訴外会社は、被告を代表取締役、被告の妻荒木マサ子を取締役とし、資本の総額は三〇万円とされていた。

(3) しかしながら、訴外会社の実体は被告が個人名義で経営していた荒木自転車店とまつたく変らず、また被告は自己個人と訴外会社との間に一線を画すことなく、被告個人の収支と訴外会社の収支とを混同させたりしていた。したがつて、訴外会社の実質は会社として独立の能力を有する法人ではなくて被告個人であり、その法人格は形骸にすぎなかつた。

これはつぎの事実からも明らかである。

被告は、本件事故発生の後、自己の子荒木康行の車両保険を流用することによつて、加害車を保険に加入させた。加害車が訴外会社の所有であれば、訴外会社の負担において保険料が支払われるべきである。それなのに、訴外会社とは関係のない被告の家族の車両保険を利用したという事実は、被告が自己の収支と訴外会社の収支とを混同させていた証拠である。

(4) さらに被告は、訴外会社が本件事故による損害賠償債務を負担するや、昭和四七年九月二〇日訴外会社を解散させ同年一二月三一日清算結了の登記を終え、その後は訴外会社の設立前と同様に被告個人名義でひきつづき従前の営業に従事している。そして被告は、本件事故による債務は訴外会社の債務であつて、被告個人には責任がない旨主張する。

このように被告の恣意によつて、個人企業を会社組織にし、さらに会社を個人企業に戻すのは、法が会社に法人格を与えた趣旨に反し、法律の適用を回避するために法人格を濫用したものというべきである。

(5) 沢田は訴外会社すなわち被告の従業員であつて、日常の勤務のみならず、通勤など勤務以外にも自由に加害車を利用していた。そして被告においてもこれを黙認し、加害車の管理について特別の措置はなんら講じていなかつた。

右のような被告と沢田との雇用関係、加害車の日常の使用・管理状況等からすると、本件事故当時の加害車の運行は、客観的、外形的には被告のためにする運行というべきである。

(6) 以上により、被告は自賠法三条によつて本件事故の損害賠償責任を負う。

(二)  民法七一五条二項による責任

(1) 沢田は、訴外会社の従業員であつたが、加害車の運転操作を誤つた過失によつて本件事故を起こした。

沢田は訴外会社の日常の業務の際に加害車を使用していたほか、自己の通勤、私用など訴外会社の職務以外にも加害車を自由に利用し、訴外会社においてもこれを黙認していた。本件事故の際の加害車の運転は、沢田の私用のためのものであつたが、右のような事実に照らして外形から見ると、訴外会社の用務のための運転と異るところはなかつた。したがつて、本件事故は訴外会社の事業の執行につき発生したものというべきである。

(2) 訴外会社は被告が代表取締役、被告の妻が取締役であつて、従業員は沢田のみであつた。そして被告は、自ら訴外会社の業務執行全般についての権限を行使し、被用者である沢田の選任、監督も被告が現実に行なつていた。したがつて被告は、民法七一五条二項に規定するいわゆる代理監督者に該当する。

(3) 以上により、被告は民法七一五条二項によつて本件事故の損害賠償責任を負う。

(三)商法二六条による責任

(1) 被告は、昭和四五年一二月三一日、訴外会社から営業の譲渡を受け、訴外会社の商号を使用して営業を行なつている。

(2) したがつて、被告は商法二六条によつて、訴外会社の負担していた本件事故の損害賠償債務について、その弁済義務を負担することとなつた。

三  本件事故によつて渡部はつぎのような損害を受けた。

(一)  傷害による損害

(1) 治療費 一万六七五六円

合計三六万〇四五〇円の治療費を要したが、健康保険から一五万〇〇八三円、国民健康保険から一万〇四五七円、沢田から一八万三一五四円の各支払を受けたので、渡部が負担したのは右の金額となる。

(2) 文書料 一五〇〇円

自賠法による保険金の請求のために要した文書料。

(3) 通院費 四三四〇円

通院交通費として四二〇〇円、退院の際の交通費として一四〇円を要した。

(4) 休業補償費 五万二三九三円

本件事故の直前三カ月間に合計一五万二九八三円の収入を得ていたから、一日当りの平均収入は一六九九円とみるべきである。本件事故のために六七日間休業したから、その間の逸失利益は一一万三八三三円となるが、傷病手当として六万一四四〇円を受領したから、残額は五万二三九三円となる。

(5) 慰謝料 二五万九〇〇〇円

二六万六〇〇〇円をもつて相当とするが、沢田から見舞金として七〇〇〇円を受取つたので、これを控除すると残額は二五万九〇〇〇円となる。

(6) 合計 三三万三九八九円

(二)  後遺障害による損害

(1) 逸失利益 二四六万九五五七円

前記の後遺障害のために、就労可能期間(一六年間とみる。)中、労働能力の三五パーセントを失つた。一日当りの収入額は前述のとおり一六九九円であるから、ホフマン式計算方法によつて中間利息を控除して、その総額を計算するとつぎのとおりである。

1,699×30×12 = 611,640円

611,640×(35/100)×11,536 = 2,469,557円

(2) 慰謝料 五二万四〇〇〇円

(3) 合計 二九九万三五五七円

四  ところで、加害車には自賠法所定の責任保険契約が締結されていなかつた。そこで渡部は、共栄火災海上保険相互会社に委任して、自賠法七二条一項に基づいて原告に対し損害てん補の請求をした。

五  原告は渡部に対し、昭和四七年五月二六日、つぎのとおり合計一三九万七八六六円を給付した。

(一)  傷害による損害前記のとおり合計三三万三九八九円と算定したうえ、渡部の過失を考慮して一一万〇一八九円(三三万三九八九円から総損害額七四万六一二三円の約三〇パーセントにあたる二二万三八〇〇円を控除した金額)を損害賠償債権額としたが、てん補限度額の八万七八六六円(法定限度額五〇万円から健康保険・国民健康保険による給付額二二万一九八〇円、沢田の支払額一九万〇一五四円を控除した金額)を上まわるので右八万七八六六円を支払つた。

(二)  後遺障害による損害

前記のとおり合計二九九万三五五七円と算定したうえ、渡部の過失を考慮して右金額からその約三〇パーセントを控除すると二〇九万五四五七円となるが、法定限度額一三一万円を上まわるので、右法定限度額を支払つた。

六  そこで原告は、自賠法七六条一項によつて、右一三九万七八六六円の限度において、渡部が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

七  以上により、原告は被告に対し、一三九万七八六六円およびこれに対する昭和四七年五月二七日(原告が前記四の給付をした日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

八  なお、原告は昭和五一年一〇月末までに、沢田から八万五〇〇〇円の弁済を受けたので、これを損害金に充当した。

第三被告の主張

一  請求の原因一の1ないし3の事実は認める。

二  同二の(一)、(二)の事実について。

加害車が訴外会社の所有であつたこと、被告が昭和二二年ないし二三年ごろから自転車の修理販売業を営んでいたこと、訴外会社が昭和三七年八月二二日設立され、昭和四七年九月二〇日解散し、同年一二月三一日清算結了の登記をしたこと、被告が訴外会社の代表取締役であつたこと、沢田が訴外会社の従業員であつたこと、本件事故の際の加害車の運転が沢田の私用のためのものであつたことは認める。

訴外会社の法人格が形骸であつたこと、訴外会社が法人格を濫用したものであること、本件事故当時の加害車の運行が被告のためのものであつたこと、本件事故が訴外会社の事業の執行につき発生したことは否認する。

沢田は本件事故発生の日訴外会社を欠勤し、魚釣の餌を買うために加害車を無断で運転していて本件事故を起こしたものである。被用者の勤務以外の私的行動に対しては使用者として監督する義務はない。

仮に訴外会社が本件損害賠償義務を負うとしても、前記のとおり訴外会社はすでに解散しており、被告に本件損害賠償義務はない。

三  請求の原因二の(三)の事実について。

被告が昭和四五年一二月三一日訴外会社から営業譲渡を受け「荒木自転車店」という商号を使用して営業を行なつていることは認める。

四  請求の原因三の事実は知らない。

五  同四、五の事実のうち、加害車について責任保険契約が締結されていなかつたことは認めるが、その余の事実は知らない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求の原因一の1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。そして、〈証拠省略〉および弁論の全趣旨によると、本件事故は、沢田が松江市方面に向けて加害車を運転していた際、降雨のために下向きになつて道路中央付近を進行していたため、対向車の渡部運転の自転車と衝突したものであることが認められる。

つぎに、〈証拠省略〉によると、渡部は本件事故によつて頭部外傷等の傷害を受け、事故の発生した昭和四四年一一月一八日から昭和四五年四月一日まで(一三五日間)松江赤十字病院に入院し、ついで同月二日から同年八月一〇日まで(実日数一五日間)同病院で通院治療を受けたこと、右治療終了後も軽度の右手麻痺のため右手で細かい仕事をすることができず、後遺障害等級表の九級一四号に該当する後遺症が存する旨認定されたことが認められる。

二  沢田が訴外会社の従業員であつたこと、加害車が訴外会社の所有であつたことは、当事者間に争いがない。

そして、〈証拠省略〉によると、訴外会社は自転車、単車などの販売および修理を目的とする会社であつて、被告が代表取締役として経営全般を直接掌握し、取締役である被告の妻が経理事務に従事していたほか、従業員としては沢田のみという個人会社であつたこと、沢田は主として自転車等の修理に従事していたこと、加害車は従前から訴外会社の業務あるいは沢田の通勤等のために使用されていた車であつて、本件事故前の昭和四四年一〇月三日ごろ責任保険契約の期間が経過したため、被告は沢田に対して運転してはいけない旨注意はしていたが、鍵は訴外会社の店舗内に置いてあつて、沢田が使用しようと考えれば自由に使える状態にあつたこと、本件事故発生の日は訴外会社は平常どおり営業していたが、沢田は私用のために休暇をとり、同日の朝訴外会社の店舗から持出した加害車を私用のために運転していて本件事故を起こしたことを認めることができる。

右認定した事実によれば、沢田は被告会社の業務の執行のために加害車を運転したこともあつたと推認すべく、本件事故の際の沢田による加害車の運転行為は、その外形からみて沢田の職務の範囲内の行為と認められ、したがつて本件事故による損害は訴外会社の事業の執行につき発生したものとみるべきである。

また、前記一で認定した事実によると、沢田は前方注視義務を尽さないで加害車を運転していた過失によつて本件事故を起こしたことが明らかである。

さらに、さきに認定した事実によると、訴外会社は被告の個人会社であつて、被告は訴外会社の代表者として現実に訴外会社の被用者の選任、監督を担当していたものというべきである。したがつて、被告は民法七一五条二項所定の代理監督者にあたるものと解される。

以上によると被告は、民法七一五条二項によつて、本件事故の損害賠償責任を負う。

三  本件事故によつて渡部の受けた損害について検討する。

(1)  治療費等

〈証拠省略〉によると、前記入院および通院期間中の治療費、自賠責保険金請求のための文書料等として、原告主張の三六万一九五〇円を下まわらない損害を受けたことが認められる。

(2)  通院交通費等

〈証拠省略〉によると、渡部は一回の通院のための交通費として往復二八〇円を要したことが認められる。同人が退院後合計一五回通院したことは前記のとおりであるから、退院時および通院のための交通費として合計四三四〇円を要したものと認められる。

(3)  逸失利益

〈証拠省略〉によると、渡部は株式会社臨海土木工業所境港出張所に勤務し、昭和四四年八月から同年一〇月までの三カ月間に合計一五万二九八三円の収入を得たことが認められる。

そして渡部は少なくとも前記一三五日間の入院期間中は全く稼働することができず、その後も前記後遺障害のために就労期間中(同人は大正一一年九月九日生まれで、本件事故当時四七歳であつたから、本件事故後二〇年間は就労可能であつたとみるべきである。)労働能力の約三〇パーセントを失つたものとみるべきである。

右各事実に基づいて、ホフマン式計算方法によつて年五分の割合による中間利息を控除し、渡部の逸失利益の総額を計算してみると、原告主張の二五八万三三九〇円を下まわらないことが明らかである。

(4)  慰謝料

本件事故の態様(渡部の過失の点を除く。)、事故の結果等諸般の事情を考慮すると、渡部に対する慰謝料としては二〇〇万円を下まわらないものとみるべきである。

(5)  合計

以上(1)ないし(4)の合計は四九四万九六八〇円となる。したがつて、本件事故発生についての渡部の過失をある程度掛酌しても、渡部の受けた損害額は自賠法七二条一項による政府の損害てん補の最高額合計一八一万円を下まわらないことが明らかである。

四  〈証拠省略〉によると、請求の原因四の事実(ただし、加害車について責任保険契約が締結されていなかつたことは、当事者間に争いがない。)および原告が渡部に対し、昭和四七年五月二六日一三九万七八六六円(前記損害てん補の最高額から渡部が健康保険等による給付および沢田からの弁済によつて受領した合計四一万二一三四円を控除した金額)を支払つたことが認められる。

そこで原告は、自賠法七六条一項によつて、右支払つた金額の限度において渡部が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。したがつて、原告は被告に対し、一三九万七八六六円およびこれに対する昭和四七年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の請求権を取得したことになる。そして、原告が沢田から弁済を受けた八万五〇〇〇円を損害金に充当するとつぎの計算のとおり四四五日分(昭和四八年八月一四日まで)の損害金が完済され、昭和四八年八月一五日分の損害金のうち五円が支払われたことになる。

1,397,866円×0.05×(1/365)= 191円

85,000÷191 = 445,026

85,000円-(191円×445)= 5円

五  以上により原告は被告に対し、つぎの金員の支払を請求す

ることができる。

(1)  右元本一三九万七八六六円

(2)  右元本に対する同年八月一五日分の損害金残額一八六円

(3)  右元本に対する同年八月一六日から支払ずみまで年五分の割合による損害金

そこで、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却する。訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用する。

(裁判官 妹尾圭策)

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